お布施について-20

お布施について-20

阿羅漢であるモッガラーナ尊者のお布施

聖者が行った布施について、たくさんの履歴がありますが、最後に、阿羅漢であるモッガラーナ尊者のお布施について話します。

モッガラーナ尊者は、サーリプッタ尊者と、幼友達でした。
ある日、サーリプッタ尊者は元気がなく、托鉢の時間に、比丘サンガと一緒に並んで行くことができませんでした。お腹が痛み、お寺の中に残っていました。その様子を知ったモッガラーナ尊者は、サーリプッタ尊者の所に行って、
「サーリプッタよ、お体の調子はいかがですか?」
と尋ねました。

サーリプッタ尊者は
「お腹が痛みます」といったので、

「サーリプッタ尊者よ、何を召し上がるのがふさわしいですか?」と尋ねました。

「モッガラーナよ、私は以前、お腹が痛むとき、母親は、おかゆを作ってくださいました」

「サーリプッタよ、大丈夫です。私が托鉢をしておかゆを供養します」といいました。

モッガラーナ尊者は、托鉢をして色々な供養を受け取りました。おかゆも得ました。お寺に戻った後、そのおかゆを持ってサーリプッタ尊者に、

「サーリプッタよ、このおかゆをどうぞ召し上がってください」と、おかゆを布施しました。

阿羅漢でも、このようにお布施をしています。阿羅漢の布施は、功徳を得るとは言わず、唯作心と言われています。唯作心とは、「ただ行うだけ」という意味です。

サーリプッタ尊者は、おかゆを飲まれた後、お腹の痛みはなくなりました。

話したいことは、聖者になった後も、布施するべきことをはっきり理解してください。
布施とは昔々の聖者の実践法なので、誰でも布施するべきです。

今現在皆さんは、自分の土地・建物、家もあり、日常生活ができます。それは、過去からの布施の結果です。聖者たちも布施をしているので、自分もやるべきと理解して、このことを忘れないで、自分にできる布施を皆さんやってください。
輪廻の中で、どんなところに生まれても、住む場所、家、土地・建物、そして、食べ物・飲み物などについて、生活が困らないように暮らせるのは、すべては自分の行った布施の功徳の結果です。

布施については深いので、たくさん話すべきことがあります。今日はこれだけで終わります。それでは、礼拝しましょう。   

(次号へ続く)

ジェータヴァナ・ヴィハーラ(祇園精舎)
ガンダ(香り)クティ(家)

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