お布施について-21

お布施について-21

今日は10日間瞑想会の5日目。今日は特別な8日目のウポサタ(Uposatha)の日です。
比丘サンガの安居の時期でもあります。このウポサタの日に、10日間瞑想の中で瞑想者に会えたから嬉しいです。

ウポサタの日とは、お釈迦さまの御在世のときから今現在まで、仏教徒が三帰依と八戒をよく守る日です。自分の家では守れなくても、お寺の中や瞑想堂の中では守ることができます。瞑想者のためにも、作務の人々のためにも、今日のようなウポサタの日は、心を込めて三帰依と八戒を守り、作務の人は作務をし、瞑想者は瞑想を頑張ったら、このウポサタの日に守る三帰依の力・八戒の力で四悪趣には生まれない。三帰依の力・戒律の力によって、善い処(人間・神々・梵天)に生まれることができます。この三帰依の力・戒律の力に基づいて、禅定が高くなり、ヴィパッサナー智慧も具えて、道の智慧・果の智慧、涅槃に至るまで、因縁になります。だから、作務の人々も瞑想者も、今日は心を込めて、ウポサタの日と自分の心の中で決めて頑張ってください。

続けて話したいことは、昨日の布施についての続きです。聖者になった後も布施をするかどうかについて、この質問に答えます。聖者の預流者であるビンビサーラ王、アナータピンディカ長者も布施しました。アナータピンディカ長者の三女であるスマナディヴィは、預流者から一来者の段階になっても、続けて布施をしていました。
   

預流者であるヴィサーカーのお布施

ヴィサーカーという女性在家信者は有名です。ヴィサーカーは特別な人です。普通ではない。ヴィサーカーは、三宝を信じてお釈迦さまをはじめとして、比丘サンガに様々なたくさんの功徳を積みました。このヴィサーカーは預流者でした。

ヴィサーカーは、どこへ行っても常に金銀や宝石などで刺繍や装飾が施された、大蔓(おおかずら)(大宝鬘(だいほうまん))の装身具を身につけていました。他の普通の女性が身につけられないような宝を、過去の業(カルマ)、現在の業(カルマ)で、ヴィサーカーだけは特別に身につけることができました。

ある日、この宝に満たされた装身具を身につけていた預流者のヴィサーカーは、これらの宝飾品をどのように使うのがよいかどうか考えました。

「私が身につけるこの宝物を売ったお金で、お釈迦さまのお寺を作って供養するのが最も善い結果
をもたらします。」

それで自分の最上級の宝物の装飾布を売りました。売ったお金でサーヴァッティ町の東の門の近くにお寺を建てました。お寺を建てた後は、お釈迦さまをはじめとして比丘サンガに、「ヴィハーラ ダーナン サンガッサ デーマ」と、お寺を供養いたしました。

このお寺の名前は、サーヴァッティ町の東の門の近くにあることから、「プッバーラーマ精舎」と言われました。

このプッバーラーマ精舎にもお釈迦さまは住んでおられました。

(次号へ続く)

宮城県南三陸町「南三陸大仏」開眼供養の儀式
「アバヤ ラーバ ムニ」“Abhaya Lābha Muni”
(恐れを除き幸福をもたらす大仏)

2019年11月25日(月)東日本大震災の被災地でも知られる宮城県南三陸町志津川の「海の見える命の森」において、ミャンマーの総合商社トモサダ(TOMOSADA)が震災犠牲者の慰霊と鎮護、そして復興と幸福を願い阿部長商店社長の阿部泰浩様に寄贈した「南三陸大仏」開眼供養の儀式が、2563年前の純粋なお釈迦さまの教えに則して行われ、儀式を導かれたバッダンタ・ニャーヌッタラ大長老をはじめとして8名の比丘サンガの戒・定・慧の威力によって、成功を成し遂げました。

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