お釈迦さまの聖髪がミャンマー国に奉納された由来Ⅱ-4
2023(令和5)年7月3日
於 淨心庵戒壇
比丘サンガの拡大
この時、ヤサは父親に説かれるお釈迦さまの説法を聴いているうちに、全ての煩悩を滅尽し、阿羅漢聖者となりました。そして、お釈迦さまに比丘出家をお願いして、「エーヒ ビック※(来たれ比丘よ)」と呼ばれ、ヤサは阿羅漢比丘となりました。
※ ehi bhikkhu
来たれ比丘よ
唯一お釈迦さまだけが、ehi bhikkhuと呼ぶことで、比丘出家を許し迎え入れた言葉。
お釈迦さま以外に、この言葉一言で、出家を許すことはできません。
更にこの後、ヤサの母親スジャーター(Sujātā)とヤサが出家する前の妻も、お釈迦さまの説法を聴いて、預流者になりました。そして二人は世界ではじめての、三帰依をしたウパーシカー(Upāsikā)という優婆夷(女性在家信者)となりました。
次にヤサの出家を知った親しい友人四人、また次にヤサの友人五十人も、お釈迦さまの説いた法を順番に聴いてから、四つの真理を聴いて、預流道の智慧が生じ、邪見と疑いが消えて預流者となりました。そしてお釈迦さまに比丘出家をお願いして、お釈迦さまは「エーヒ ビック(来たれ比丘よ)」と呼ばれ、お釈迦さまのもとで比丘になった後、阿羅漢比丘になりました。
このようにして、お釈迦さまの1番目の安居の間には、お釈迦さまのもと、アリヤ比丘サンガは最初の五人の比丘に、ヤサをはじめとする在家から出家した五十五人が加わり、六十人となりました。
(続く)

ミャンマー アマラプラ・マハーガンダヨン僧院
大長老の弟子比丘サンガ
1974~1982年
日本上座仏教修道会大導師セヤードー・バッダンタ・ウ・ニャーヌッタラ大長老は、親教師セヤードー・バッダンタ・ウ・ケサラ大長老のご指示により、比丘・見習いを含む1000名以上の僧団として知られるミャンマー・マンダレー・アマラプラのマハーガンダ僧院にて、セヤードー・ウ・ジャナカ大長老に師事し、ご修行と講師の務めを果たされました。
当会は、現地に赴き、1000名を超える比丘サンガへ謹んで朝食の御供養をいたしました。比丘サンガは、今もなお、お釈迦様の尊い御教えを受け継ぎ、はるか日本にまで伝え、現在に至るまで私たちを導いてくださっております。
三宝の計り知れない御恩に、深く感謝申し上げます。
JAPAN THERAVĀDA BUDDHA SĀSANA BHĀVANĀ GROUP