ニャーヌッタラ大長老の説法
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お釈迦さまの聖髪がミャンマー国に奉納された由来Ⅱ-7

2023(令和5)年7月3日
於 淨心庵戒壇

三帰依の時代に
タプッサとバッリカ兄弟
二回目の参拝

お釈迦さまが覚りを得られて、九カ月が経った頃、阿羅漢になった比丘サンガたちが、ラージャガハの竹林精舎に揃いました。五人の比丘をはじめとして、ヤサなど在家から出家した比丘たち、王子から出家した三十人のバッダワッギヤ比丘たち、仙人から比丘出家になった千人の比丘たち、そして遊行者だったサーリプッタ尊者、モッガラーナ尊者も、阿羅漢になるその時期は、竹林精舎は賑やかです。

比丘サンガが存在している三帰依の時代、このように賑やかな時期に、二帰依の時代でブッダ・ダンマに尊敬合掌礼拝した、兄タプッサと弟バッリカの兄弟は、商売のために、ミャンマー国からラージャガハ町に再び到達しました。
その時、竹林精舎に住んでおられるお釈迦さまと、お釈迦さまの弟子、比丘サンガたちにも参拝出来たので、とても喜びました。
二回目となる今回の参拝では、お釈迦さまと比丘サンガに礼拝して、布施して、お釈迦さまが説いた四つの真理の説法を聴いたので、今度は三帰依を唱えてウパーサカ(優婆塞)になって、預流者になりました。
兄タプッサは、このまま、アリヤウパーサカ(Ariya upāsaka)預流者の聖在家信者として住んでおられましたが、弟バッリカは、後には在家から比丘出家になって戒・定・慧を実践しながら、サラビンニャー(Chaḷabhiññā、六つの神通力)を具えた阿羅漢になりました。

このように二帰依の時代から三帰依の時代となり現在に至るまで、ブッダ・ダンマ・サンガの三宝を尊敬合掌礼拝しています。三帰依の時代が存在し、比丘サンガのおかげさまで、お釈迦さまの教えは、長い年月をかけて、日本まで伝わりました。
皆さんは、二帰依の時代と三帰依の時代についての説法をお聴きしたので、喜びの心で、サードゥ サードゥと言いましょう。

Sādhuサードゥ Sādhuサードゥ Sādhuサードゥ

(終わり)

淨心庵戒壇に存在する
ミャンマー・シェーダゴンパゴダ仏塔と
日本・法隆寺五重塔

西暦2022年9月2日、日本上座仏教修道会は、淨心庵シーマー(戒壇)屋上に、二帰依の時代から存在するミャンマーシェーダゴンパゴダ仏塔に対になる日本の仏塔として、三帰依の時代に日本へ仏教が伝来した歴史ある法隆寺五重塔を大長老に認めていただき、奉納御安置いたしました。日本に仏教が栄えた飛鳥時代(607年、推古15年)、仏教を深く信仰された聖徳太子によって、仏舎利を安置するための仏塔であり、仏陀の教えを象徴するものとして、法隆寺五重塔が建立されました。聖徳太子は「篤く三宝を敬え。三宝とは仏・法・僧なり」と憲法条文に定め、三宝を拠り所とした、仏教による安泰な国造りを始められ、仏教に基づいた政治が行われました。
「仏陀の聖髪塔」の御供養をお受けになる
西暦2023年4月23日(日)、ミャンマー・ヤンゴンBOTAHTAUNG(ボータタウン)仏塔において、ミャンマー国宗教大臣より任命されたボータタウン・パゴダという管理団体は、二帰依の時代から現在に至るまで大切に奉納されているお釈迦さまの聖髪から、仏陀の大威力によって増えた聖髪を、金と銅を混ぜて作られた仏塔(写真上)に大切に奉納し、日本上座仏教修道会・大導師バッダンタ・ウ・ニャーヌッタラ大長老に、淨心庵戒壇仏塔へ奉納御安置するために「仏陀の聖髪塔」を御献上・御供養されました。
淨心庵戒壇最上階
淨心庵シーマー・戒壇の両仏塔は、二帰依の時代から三帰依の時代の深い仏教史を垣間見れるかのようで、来庵される人々は、三宝の徳とご恩を念じて、シェーダゴンパコダ形仏塔と法隆寺形五重塔に三帰依と共に尊敬合掌礼拝されます。
日本上座仏教修道会は、大長老のお導きの下、お説きくださいました八正道(戒・定・慧)を真摯に実践しながら、純粋なお釈迦さまの教えがなくならないように永く存在できますように守り続けてまいります。

Buddha sāsanaṃ ciraṃ tiṭṭhatu.

お釈迦さまの教えがなくならないで 永く存在できますように

Sādhu Sādhu Sādhu

サードゥ サードゥ サードゥ

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