ミャンマーの旅のご報告

 新年1月3日から10日間、総勢16名のミャンマーの旅は浄心庵精舎の2名比丘出家の盛大な儀式は勿論のこと、めったに経験出来ない大変意味の深い旅となりました。
 
 特に2ヶ月間ミャンマーに残った2人の比丘と尼僧見習の吉田さんはバッダンタ・ニャーヌッタラ長老の恩師であるバッダンタ・ケサラ長老から毎朝“教え・戒め”を戴き只々有難く身のひきしまる感動を覚えました。とのことでした。

 その他の私共も高僧方から特別の説法を戴いたり数々の仏教伝道の歴史にふれ2500年の伝統的テーラワーダ仏教の威力を直接に身に感じ心が喜びに満たされました。出会うすべての人々がとても明るく、仏教の信のお蔭であろうと感心させられました。

 また、バッダンタ・ニャーヌッタラ長老がミャンマー国においてどれ程に尊敬され、期待されておられるかを知らされて、そのミャンマーを離れ、日本の地で私共の為に言葉につくせない忍耐と努力をして下さっていることを思い、胸がつまる思いがします。

 このご恩に応えられるように、ブッダ ダンマ サンガの三宝と師の恩に深く感謝し、皆様と共に真摯に仏道の実践に励まなければと心に深く決した次第でございます。

代表 竹田 倫子

2009年ミャンマーツアーに参加して

 2009年が明けて早々、ミャンマーのヤンゴン、マンダレー、アマラプラ、バガンなどを巡る10日間のツアーに参加することができましたが、このツアーの最大のイベントは、もちろん上座仏教修道会としての初めての日本人比丘の出家儀式を行ったことであります。

 今回比丘出家を許されたのは、見習い比丘として1年半ほど大洋村の浄心庵で勉学、修行して来られたニャーナローカ師(新潟県出身の神田覚さん)とピンニャーティッカ師(愛知県出身の濱元さん)のお二人です。出家儀式は1月5日ヤンゴン市ラインサヤー町のマハーアウンミエー寺で行なわれ、ミャンマー仏教界から45名もの高僧の方々にご参列いただき、また、地元の多数の方々にご協力をいただき、実に記念すべきものとなりました。

 日本からは、出家儀式の2日前の1月3日に、バッダンタ・ニャーヌッタラ長老や本会代表の竹田倫子先生を始め総勢16名で成田を出発しバンコク経由でヤンゴンに向かいました。日本とミャンマーの時差が2時間30分あるとはいえ、ヤンゴン空港に到着した時は、辺りはすっかり暗くなっていました。
 
 空港にはマハーアウンミエー寺の檀家さん達が10台くらいの自家用車で迎えに来て下さっていて、そのうち3台はバッダンタ・ニャーヌッタラ長老と今回出家されたお二人のために飾り付けされた車でした。その3台の車を先頭に、我々16名が分乗した車が列をなしハザードランプを点滅させながら、ゆっくりと、しかも、ミャンマー語なので内容はわからなかったのですが、拡声器を使って大音量で連呼して、ものものしい感じでヤンゴン市内をパレードしながらお寺に向かいました。お寺でも暗がりの中、整列して小旗を手にした多数の沙弥に迎えられ、いかに歓迎されているかが伝わってきました。

 到着後、ダンマホールの2階に上がり、この寺の住職でありマハーシ長老の直弟子であるバッダンタ・ケサラ長老にご挨拶し、迎えて下さったみなさんと共に礼拝して、10日間のミャンマー生活がスタートしたのでした。尚、バッダンタ・ニャーヌッタラ長老は、いくつかのお寺の住職を兼務されており、このお寺もバッダンタ・ケサラ長老の後を継いで住職となられることが決まっていますが、あくまで浄心庵が活動の拠点であり、今後も日本での伝道が中心になるとのことで我々日本人にとっては実にありがたいことであります。

 1月5日の当日は早朝から高僧方にお集まりいただき、7時ころ開会宣言もなく、いつの間にか始まったという感じで出家儀式がスタートしました。このような儀式の時はミャンマーの在家の方々は正装されるとのことで、我々日本人も、女性は和服や洋服で、また男性は背広を着用して参列いたしました。
 
 儀式はパーリ語と日本語を混ぜて進められましたが、もうすでにお二人とも比丘としての心構えが出来ており落ち着いて受け応えされているように思われました。そして、二人がサンガから比丘として認められた後、参列者もいっしょに礼拝を行い、儀式は無事終了しました。出家儀式の後は、お招きした高僧の方々に日用品などのお布施を行い、その後、食事のお布施をして、最後に記念撮影を行い、正午頃、今回のツアーの最大のイベントが終了したのでありました。

 また、今回のツアーの収穫としては、バッダンタ・ニャーヌッタラ長老所縁の地を訪問できたことであり、それは、シャンカイ村の生家であり、11歳で出家され現在住職をされているレーサー寺であります。これらにおいてご母堂様やご家族の方々、そして小学生だった時の先生にお会いできたことで長老の幼少時代をうかがい知ることができ、また、村人の間で噂になっている長老の「日本兵生まれ変わり説」などを聞くことができたのでした。
 
 また14歳で師事されたマハーシ長老の直弟子であるウ・ケサラ長老にお会いできたこと、ヤンゴンのマハーシ瞑想センターでマハーシ長老が使われていたお部屋などを見学させていただいたこと、そして20歳から28歳まで修行されたアマラプラのマハーガンダーヨン僧院で朝食のお布施をして、この僧院時代に師事された故アシンジャナカーヴィワンサ長老を記念した建物を見学したり、さらに、28歳から学ばれ、その後、教える側に立たれたヤンゴン国立仏教大学を案内していただいたり、その他、ラインマハーシ僧院、マグェ町のミャンマー・サンガ団体長バッダンタ・クマーラ長老がお住まいのマハーウィスダーラーマ僧院など様々な僧院を案内していただき、お布施できたこと、法話をいただけたことなど貴重な経験ができました。

 そして、もう一つの収穫は、ミャンマー仏教において特筆されるべき歴史に触れることができたことであります。

 それは、仏典にも記載されていますように、紀元前6世紀、ミャンマー南部のウッカラ(Ukkala)に住むモン族の商人タプッサ(Tapussa)とバッリカ(Bhallika)の兄弟がマガダ国へ行商に行った際、成道直後の仏陀釈尊に面謁し、その時、釈尊からもらい受けた聖髪を、帰国後、奉納したと伝えられるシュエダゴンパヤーに参拝できたことであり、11世紀にビルマ族のアノーヤター王によって始めてミャンマーが統一された時、登用されたのがモン族上座仏教のシン・アラハン比丘だったのですが、そのバガンのシン・アラハン比丘僧院で、上座仏教がミャンマーに広まる基になった師の徳を偲ぶことができたこと、また、19世紀ミンドン王の時代にマンダレーで第5結集が開かれ、その記念の729枚の石板がクドゥードゥーパヤーに残されていること、そして、第2次大戦後にヤンゴンで第6結集を開くために造られたカバエ洞窟などを見学できたことなどです。

 まだまだ書き尽くせませんが、最後に、このような貴重なツアーを企画して下さったバッダンタ・ニャーヌッタラ長老ならびに竹田倫子先生に深く感謝したいと思います。

サードゥ! サードゥ! サードゥ!

文・写真  柴田 尚武

マハーアウンミエー寺
出家儀式1
出家儀式2
出家儀式3
出家儀式4
マハーシ長老のお部屋
バッダンタ・ケサラ長老
シュエダゴンパヤー
シン・アラハン比丘僧院
クドゥードゥーパヤー(第5結集)
 
カバエ洞窟(第6結集)
 

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